布教師会・教学布教研究所合同公開講座

平成26年3月11日にサンメッセ鳥栖において布教師会と教学布教研究所合同で一般の方や檀信徒も参加できる公開講座を開催しました。春らしい気候の中、たくさんの僧侶と檀信徒が足を運び会場の中は熱気に包まれていました。

教学布教研究所教学主任である皆木寂俊師による司会のもと、開式されました。まずは布教師会会長である中川霊誉大僧正導師のもと法楽、その後、あいさつがありました。「この公開講座にたくさんの方が集まり感謝しております。世の中はとても便利に、もっと早く、もっと豊かになりました。ですが、それと逆行して人々の心はだんだん滅びている様です。テレビをつければいやな事件が多く、耳を塞ぎたくなる様な事件ばかり起きています。本当に心苦しいです。人々の心はまさに天気と同じで晴れの日があれば雨の日もある。猛吹雪の時もあれば猛暑の時もある。人々はその気まぐれ同士生きていかなければならない。是非この機会にたくさん勉強していただいて、伝教大師がおっしゃられていた亡己利他の精神を養っていただければと存じます。どうぞお時間が来るまで講義をお聴きになって下さい。本日はありがとうございました。」と、この講義がとても意義のあるものだと言われた。

挨拶の後、本日は3月11日で、私たちにとって忘れられない日であります。3年前の東日本大震災における物故者に対して黙祷を行います。と会場全員で物故者へ黙祷を捧げた。

その後、教学布教研究所所長である鍋島隆啓師による講師紹介が行われた。「愛知県一宮市生まれ。5歳で長野県塩尻市の曹洞宗無量寺に入門。15歳で得度し、愛知専門尼僧堂で修行。駒沢大学仏教学部、同大学院修了。曹洞宗教化研究所を経て、愛知専門尼僧堂勤務。昭和51年、愛知専門尼僧堂堂長。昭和59年と区別尼僧堂堂長、正法寺住職を兼務。今現在は無量寺住職も兼務されている大変多忙な日々を過ごされております」と紹介された。

「布教の要諦」について

講演後、一般聴聞者は退場していただき、教区内の僧侶だけ残り、青山先生による布教の要諦を示していただいた。先生は「まず、布教の要諦について私はパターンとか型とかそういったものはなく、自分の信念で語っているのでそぐわないと思いますが、1つ2つお話したいと思います。まず私たちはお釈迦様の真理を求めている訳ですが、これがいわゆる水が流れ去る自然の摂理であるという事に気がつかれたお釈迦様の教えである事が「法」になったわけですね。それが中国で訳されて「經」1本の長い糸になったのです。そこに悟りを得られた覚者(仏)が説いたから「仏法」になりその教えが「仏教」になりその生き方が「仏道」になったんです。
その「教」や「道」の解釈は様々であり、大事な事は「法」という根本的な宇宙の摂理をしっかり学ばなければならない。と言う事なのです。と根本な事が法であり、その事を大事にしなければならないと語られていた。

「今を、どう生きる」

と銘打った演題で青山師は講演を始められた。「私は九州にもよく訪れます。福岡、長崎と。この鳥栖という地はよく知っております。なぜならよく通過するからです(笑)今回初めてこの鳥栖の地に縁を結んでいただいた事に感謝いたします。」とジョークを交えながら本題に移っていった。

私は15で頭を丸めてこの道に入り澤木興道老師に師事し「人生は師僧を求めての旅」と言われ感銘を受けました。まさにその通りだと感じた訳です。ある時私の所へ学生さんとお母さんがやってきて「先生、是非合格祈願をお願い致します。」と頼まれました。母親が「この子は東大を目指しているので是非お願いします」と言われましたので、私は「あぁ、それなら2、3回落ちた方が良いですよ。」と答えたわけなんですが、なぜかと言いますと、このまままっすぐ東大に合格してエリートコースに進んだならば、おごり高い人間になりやすく、失敗した時にそれにこだわり立ち直りにくい人間になる。その事の方が恥ずかしく、心が柔軟な時に失敗する、上手に落ちると言う事をしっかり練習しておけば、それにこだわらず、それを踏み台にして行ける事が素晴らしい。それを踏み台にしてもっと高くなる事がさらに素晴らしい。そしてその悲しみが分かる人間になれることがもっともっと素晴らしい事なのです。人生の旅路の中で入試という1つの関門に対して、家族や先生達の選択肢が合格、不合格しかない事があまりにも貧しい。それこそ先人教育の場に活かすべきでなのである。

「生きている」という事は「死ぬ」という事と背中合わせなのである。毎日その時を「最後の時」と思えれば、全ての事に心を込める事が出来るはず。全てを許せるはずなんです。「たった1度の人生なんだ。最高の生命の姿でいたい」私たちの体は仏法聴聞の為に仏様からしばらくお借りしている身なんだ。「煩悩具足の身、右は仏法聴聞の御用につき借用つかまつり候 しかるに老少不定の世界に候間 無常の風吹き次第 何時にても御返済申すべく候 娑婆国 念仏行者 閻魔大王殿」なのである。今までに何をして来ただとか、どうだったなど過去の名誉や未来の不安とかそんなものにとらわれず、今、この時、この時間。瞬間瞬間をどう生きるか。そこに全てが集約されているしそれが最高の人生なんである。と厳しく語られていた。

最後に

教学布教研究所所長より「先生の講義は大変基本的な根本的な事をお話されたと存じます。私たちは今、何をするべきなのか?どう生きるべきなのか?という事を、そしてそれを実践していく事。大変勉強になったことと思います。生きている事は死ぬ事と背中合わせであり、いつ死んでもおかしくない。それが私たちなのです。その時その時を大事に生きていく事が大事なのではないでしょうか」とまとめられていた。
布教師会副会長の井上隆照師より「本日は忘れてはならない、また忘れられない日。東日本大震災の日にこの様な先人教育の講義が受けれた事、大変感謝いたします。この教えを今後どう活かしていくのかが大事ではないでしょうか。先生には御多忙にもかかわらず長い時間御講義いただき実にありがとう御座いました。」と述べられていた。